漢字の「原」と和語の「はら」

諸橋轍次『大漢和辞典』で「原」といふ字を調べてみると、
十六種類の意味があることがわかる。

(一)みなもと。厡・源に同じ。古は𠫐に作る。
(二)もと。
(三)もとづく。もとづける。
(四)たづねる。根本を推求する。
(五)ふたたびする。かさねる。
(六)のぞく(除く)
(七)ゆるす(宥す)
(八)はら (高く平らな地)に通ず
(九)耕作地
(十)つつしむ、すなほ。愿に通ず。
(11) 虫の名。螈に通ず。
(12) 羊の一種。羱に通ず。
(13) 文体の一。本原をたづねて推論する文。
(14) 古は 厡・邍・愿 に作る。
(15) 地名。今の河南省済源県の西北。
(16) 姓、原氏。


地形に関するものとしては、(1)みなもと、(8)高く平らな台地、(9)耕作地の三つがある。この大辞典には「広い土地」といった解説はない。『漢字源』では(原が)「広い野原を意味するのは、原隰 げんしゅう(泉の出る地)の意から」とあり、それを考慮すると、〈崖の水源→崖下の湿地→崖上の台地〉と意味が広がっていったと推定できる。耕作地については、湿地と台地の両方にできる。さうした推論が可能なのは、3000年以上の長い漢字の歴史があるからであらう。

さて和語についてであるが、日本では1400〜1500年前頃からやうやく文字を使ひ始め、そのころは既にハラから派生した語彙はたくさん揃ってゐた。

『古典基礎語辞典』(大野晋)などで、「遥か」や「晴る」などの語と同源語だとして、目の前に広がる広い土地といふ意味が、原の原義だとするのは、残念ながら、後世的な見方や後世のロマンチシズムが加はってゐると思ふ。(同辞典で、原の2つめの意味として葬地を載せるのは良いが、葬地が遥かな場所にあるからではなく、「境界」にあたる聖なる場所だからであらう)

ハラの同源語としては、最も近いのは、擬態語などのパラリと剥げるのパラである可能性がある。
ハラヘ(祓)については、古事記でいふ「祓つ物」とは、須佐之男命が指から剥がした爪だった。蛇の脱皮も同様であるが、土地も風雨や大水で削れたり剥がれたりして崖ができ、聖なる場所となって湧き水も出る。これは漢字「原」の原義に酷似した地形である。伊邪那岐命が禊ぎをした阿波岐原もそんな場所だったらう。
「祓へ」に似たものとして「禊ぎ」があり、ミソギの原義は身を削ぐことだとすれば、祓へにも類似した構造の原義があるとしても不思議はないのである。

また、水や雨が落ちるときの擬態語ないし擬音語は「ぱらぱら、はらはら」である。
 水神の森の下露はらはらと秋をもまたぬ落ち栗のおと  蜀山人

人や動物の皮膚を深く傷めると血が流れ出る。大地もまた表面を深く掘ると水が流れ出る。その水がいかに貴いものであったか、それが始まりだらう。

後半のところは、あとあと論を深めていかなければならない。

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