楡の小百科

楡の木の伝説

秋楡の木(なんじゃもんじゃの木) 長野県上田市赤井

「欅(けやき)かと見れば木の肌は楡(にれ)のようであり、楡かと思えば葉は欅に似ているという。」 H14/10

アイヌの「アイヌラックル」神 

「天の神々が地上の二人の少女を見ていた。雷神が落ちて彼女等を懐妊させた。一人はチキサニ(春楡)で「オイナカムイのアイヌラックル」を生み、もう一人はアトニ(おひょう楡)で「ユーカラカムイのポイヤウンペ」を生んだ。前者は春楡の樹肉が赤いことから「赤い顔」をしており、後者はアトニの木肌が白いことから「白い顔」をしている、という。」(金田一京助「アイヌ聖典」による)

楡の木の下の話 埼玉県比企郡吉見町

 むかしこの地方(比企郡吉見町)には鬼が住み、鬼の毒気により市野川の水も飲むことができなかった。里人たちは川辺の楡の木の下に集まって相談をしたが、良い考へも浮かばずに解散した。一人の若者がそのまま木の下に残って市野川の流れを見てゐると、美しい娘が声をかけ、一掬ひの水を求めた。若者が毒の水だから飲めないと事情を告げると、娘は、里人のために清い水にしてみせませうといって、剣を若者に授けて、自分は市野川に飛びこんだ。すると川底から不思議な石が現はれて霊気を発し、たちまち澄んだ清らかな水となったといふ。若者は剣で鬼を退治した。娘は岩室の観音様の化身といひ、若者の名は高負彦根命で、高負比古根神社に祀られてゐる。(藤沢衛彦『北武蔵の伝説』参照)

 村人たちが楡の木の下に集まり、また若者と娘が出会った場所も楡の木の下である。古代には、木の下に人が集まるのは、相談ごとをしたり、また神木を依代として神を祭るためであるので、そんな古代の記憶を伝へる物語なのだらう。剣を授け、力を与へた娘は、神として、木の下に現はれたのである。
 むかし中大兄皇子(天智天皇)と藤原鎌足が初めて出会った場所は、槻の木の下だといふ。槻の木は楡の一種だともいひ、神が二人を引き合はせたのだらう。常陸国風土記では、松の木の下に若い男女が集まり、歌垣をしたといふ話もある。

神功皇后と楡の杖 大分県宇佐郡

 「大分県宇佐郡安心院町では、妊娠すると楡の木の枝を神棚に上げる。これは、昔、神功皇后が筑前で八幡様(応神天皇)をお産みになったとき、楡の木を杖にして安産されたから、それにあやかるのだといふ。」(鈴木棠三『日本俗信辞典』)

ヨーロッパの神話

 「北欧神話によれば,神々はニレとトネリコから,人類最初の女エンブラ Embla と最初の男アスク Askr を創造したという。イギリスなどでは中世以降,ニレにブドウのつるをはわせる習慣が生じ,この取合せを縁物(えんもの)とみなしたところから,結婚や良縁のシンボルともなった。ギリシア神話では,冥界から妻エウリュディケを連れ戻せなかったオルフェウスが,悲しみに暮れて弾いた竪琴の力でこの世に生じた木とされるほか,ブドウとの関連からディオニュソス(バッコス)の聖木とも考えられた。また夢の神モルフェウスMorpheus とも結びつけられ,その下で眠る者は悪夢に襲われるという。」  荒俣宏(平凡社世界大百科事典)


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