楡の小百科

 楡を歌った歌・詩

  平成12年歌会始 詠進歌 北海道 富良野神社元宮司 西川仁之進氏

 開拓の斧まぬがれし太楡が神木となり注連(しめ)巻きて立つ


  ●都ぞ弥生(北大寮歌)  横山芳介作詞・赤木顕次作曲
(2番)
豊かに稔れる石狩の野に
雁(かりがね)はるばる沈みてゆけば
羊群(ようぐん)声なく牧舎に帰り
手稲の巓(いただき)黄昏こめぬ
雄々しく聳ゆる楡(エルム)の梢
打振る野分に破壊(はえ)の葉音の
さやめく甍(いらか)に久遠の光
おごそかに 北極星を仰ぐかな


  木 陰  中原中也(『山羊の歌』より)

鳥居と楡 神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木陰は
私の後悔を宥(なだ)めてくれる

暗い後悔 いつでも附纏ふ後悔
馬鹿々々しい破笑にみちた私の過去は
やがて涙つぽい晦暝となり
やがて根強い疲労となつた

かくて今では朝から夜まで
忍従することのほかに生活を持たない
怨みもなく喪心したやうに
空を見上げる私の眼(まなこ)――

神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔を宥めてくれる


〔万葉集 十六 有由縁并雑歌 3886〕
おし照るや難波の小江(をえ)に、
廬作り隠(なま)りてをる葦蟹を、大君召すと。
何せむに吾を召すらやめ。明らけく吾が知ることを。
歌人と吾を召すらめや。笛吹きと吾を召すらめや。
琴弾きと吾を召すらめや。

かも斯くも、命受けむと、今日今日と飛鳥に至り、
立てども置勿(おきな)に至り、
着かねども百花鳥野(つくの)に至り、
東の中の御門ゆ、参り来て命受くれば、
馬にこそ絆(ふもだし)掛くも。牛にこそ鼻縄はくれ。

足引きのこの片山のもむ楡を五百枝剥ぎ垂り、
天照るや日の日に干し、囀るや から碓につき、
庭に立つ磑子(すりうす)につき、
おし照るや難波の小江の初垂りを辛く垂り来て、
陶人の作れる瓶に、今日行きて明日取り持ち来、
吾が目らに塩塗り給ぶと、申したたへも。
申したたへも

  右歌一首、蟹の為に痛みを述べて之を作れる也。
現代語訳
難波の小江に巣を作って隠っていたこの葦蟹を、大君が召すといふ。
どうして吾を召されるのだろう。吾が知る限りでは、歌人として召されるのか、笛吹きとして、はたまた琴弾きとしてだろうか。
ともかくも、御言を賜らうと、今日のことだが明日香に至り、立って来たが置勿に至り、まだ着かないが百花鳥野に至り、
かくして東の御門から参上して御言を賜れば、
馬でさへ絆を掛けられ、牛でさへ鼻縄をつけられるのに。
片山のもむ楡の枝の皮を剥いで、それを日に干してから碓につき、磑子について、
難波の小江のこの初ものを辛く垂り来て、
陶人の作った瓶に、今日行きて明日取り持ち来、
吾が目に塩塗り給うと、申したたへも。申したたへも
  右歌一首、蟹の為に痛みを述べて之を作れる也。

〔萬葉集略解十六〕
 もむにれ 字鏡、樅(モムノキ)、和名抄,及字鏡、楡(ヤニレ)と有り。是をにれとのみもいへり。樅に似たる楡をいふべし。
 内膳式楡皮一千枚(枚別長一尺五寸、広四寸)搗得粉二石(枚別二合)、右楡皮年中雑御菜并羹等料云々など見ゆるをおもへば、いにしへ此木の皮を剥て日にほして、臼につき粉にして食しものとし、供御にも用ひられしと見えたり。
 日のけに 日の気也。さひづるや 枕ことば。
 からうすに春は、いにしへ右楡に蟹を搗交て醢(しほから)にせし也。

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